遺留分に関する見直し
1 主な改正点
⑴ 遺留分減殺請求権は、遺留分侵害額請求権に名前が変わり、遺留分侵害額請求権の法的性質は金銭債権となりました。
⑵ 相続人に対する贈与は、相続開始前10年間の贈与で、かつそれが特別受益に該当する場合に限り、遺留分算定の財産に参入することになりました。
⑶ 遺留分侵害額の算定方法が、明記されました。
2 遺留分制度とは
⑴ 遺留分制度
遺留分制度は、遺族の生活保障と共同相続人間の最低限度の公平を図るために、被相続人の財産処分の自由に制限を加える制度をいいます。
例えば、被相続人が、自己の財産の全てを第三者に遺贈するという遺言を作っていた場合であっても、相続人である妻と子は、あるいは直系尊属は、自分の遺留分について、遺贈を受けた第三者に対して権利主張できるとする制度です。
⑵ 遺留分権利者
兄弟姉妹を除く相続人(配偶者・子・直系尊属)です。子の代襲相続人も、子と同じ遺留分を持ちます。
⑶ 遺留分の割合
直系尊属のみが、相続人である場合 3分の1
その他の場合 2分の1
3 改正点1~遺留分侵害額請求権の法的性質(改正法1046条1項)
遺留分減殺請求権(改正法では遺留分侵害額請求権)は形成権~権利を行使すると当然に効果が発生する権利とされています。(この点は、改正後も変わりません。)
改正前の解釈は、遺留分減殺請求権を行使すると、遺贈又は贈与契約は、遺留分を侵害する限度で失効し、受遺者又は受贈者が取得した権利は、遺留分を侵害する限度で当然に、遺留分減殺権を行使した者に帰属する(物権件的効果説)と解されていました(最高裁51年8月80日判決:民集30巻7号768頁)。
しかし、この物権的効果説では、たとえば減殺されるのが不動産の場合、受贈者・受遺者と遺留分減殺請求権を行使した者との共有状態が発生する場合があり、その状態を解消するためには共有物分割請求訴訟を地方裁判所に提起することが必要になり、新たな紛争の種にもなりかねないとの指摘がありました。また、被相続人が特定の相続人に家業を継がせるため,株式や店舗等の事業用の財産をその者に遺贈するなどしても,減殺請求により株式や事業用の財産が他の相続人との共有となる結果、事業承継後の経営の支障に なる場合があるとの指摘もされていました。
明治民法が採用していた家督相続制度の下では,遺留分制度は家産の維持を目的とする制度であり,家督を相続する遺留分権利者に遺贈又は贈与の目的財産の所有権等を帰属させる必要があったため,物権的効果を認める必要性もありましたが、現行の遺留分制度は,遺留分権利者の生活保障や遺産の形成に貢献した遺留分権利者の潜在的持分の清算等を目的とする制度となっており,その目的を達成するために,必ずしも物権的効果まで認める必要性はなく,遺留分権利者に遺留分侵害額に相当する価値を返還させることで十分と考えることができます。
このような理由から、今回の改正では、遺留分減殺請求権(遺留分侵害額請求権)の行使によって、金銭債権が発生することになりました。
4 改正点2~遺留分を算定するための財産の価額に参入する贈与の範囲(1044条1項、3項)
現行法では、以下のように規定されています。
「遺留分、被相続人が相続開始の時において有していた財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定する。」(現行法1029条1項)
「贈与は、相続開始前の1年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。(略)」(現行法1030条)
「…903条(特別受益)…の規定は、遺留分について準用する。」(現行法1044条)
以上から、通説・判例は、相続人に対する贈与は、相続開始前1年間にしたものはすべて、それより前にした贈与は、特別受益に当たるものが遺留分算定に加算されると解してきました。
しかし、古い特別受益まですべて加算するとなると、そのことを知りえない相続人以外の受贈者・受遺者の地位が不安定になるという理由から、相続人に対する贈与は、相続前10年間のもので、かつ、それが特別受益に該当する場合(婚姻もしくは養子縁組のため又は生計の資本としての贈与)にのみ、遺留分算定に加算されることとなりました。
5 改正点3 ~遺留分侵害額の算定
現行法には、遺留分算定のプロセスは明示されていません。改正法では、これが明示されました。但し、明示された算定方法は、最高裁平成8年11月26日判決(民集50巻10号2747頁)に基づきこれまでも実務で採用されていた算定方法と原則として変わりはありません。
改正法による遺留分侵害額の算定方法は、以下の通りです。
⑴ 遺留分を算定するための財産の価額(改正法1043条)
相続開始時において有していた財産の価額に、贈与した財産の価額を加え、相続債務の全額を控除した額
ここにいう贈与した価額とは、前記改正点2で説明した通りです。すなわち、受贈者が相続人以外の場合は、相続開始前1年にした贈与、受贈者が相続人の場合は、相続前10年間のもので、かつ、それが特別受益に該当する場合(婚姻もしくは養子縁組のため又は生計の資本としての贈与)です(1044条1項、3項)。
相続開始時に有していた財産の価額、贈与した財産の価額は、ともに相続開始時を基準に評価されることが改正法により確認されました(改正法1044条2項による904条の準用)。これは従来の判例実務の扱いを立法化したものです。
⑵ 遺留分額(改正法1042条)
遺留分を算定するための財産の価額×遺留分の割合
なお、遺留分の割合は旧法と変りません。すなわち、直系尊属のみが、相続人である場合は3分の1、その他の場合は2分の1です。
なお、相続人が数人ある場合は、上記の遺留分割合に法定相続分の割合を乗じて求めることが明記されました(改正法1042条2項)。
⑶ 遺留分侵害額(改正法1046条)
遺留分侵害額は、遺留分額から遺留分権利者が受けた遺贈又は特別受益の額と遺留分権利者が相続によって取得すべき財産の額を控除した上、遺留分権利者が取得する相続債務の額を加算して求めます。
ここでの計算では、遺贈又は特別受益の額に時間的制限がないので注意してください。
また、遺留分権利者が相続によって取得すべき財産とは、寄与分を考慮しない具体的相続分を言います(改正法1045条2項2号)。この点は、従来解釈の争いがありましたが、改正法により、明確にされました。
受遺者受贈者が、遺留分権利者が取得する相続債務を弁済等により消滅させたときは、遺留分権利者に対する意思表示により、消滅した債務額の限度において、負担額を消滅させることができるようになりました(改正法1047条3項前段)。
以上の計算方法を簡略化して示すと以下のとおりです。
遺留分侵害額=(相続開始時の財産の価額+贈与した財産の価額-相続債務)×遺留分率×法定相続分率-(遺留分権利者の特別受益)-(遺留分権利者の具体的相続分)+(遺留分権利者が負担する相続債務)
6 遺留分侵害額請求権(旧:遺留分減殺請求権)の行使と時効
⑴ 第1段階 遺留分侵害額請求権を行使する旨の意思表示
この意思表示は、改正法1048条の期間制限にかかります(現行法と同じ)。すなわち、遺留分権利者が相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間。相続開始の時から10年間。この期間内に行使しないと時効によって、消滅する。
⑵ 第2段階 具体的な金銭債権
遺留分侵害額請求権を行使すると、遺留分権利者は、受遺者又受贈者に対する金銭債権を取得します。この金銭債権は、以下のとおり、民法の消滅時効(改正民法166条1項)の適用があります。この点が現行法と異なる点ですので、注意してください。(今回の改正で遺留分侵害額請求権を行使すると金銭債権が発生するとされたことによる。)
主観的起算点 権利を行使することを知った時から5年
客観的起算点 権利を行使することができる時から10年
改正法上の時効の起算点(とりわけ主観的起算点)の解釈については、今後の判例実務の運用次第のところもありますが、遺留分侵害額請求権を行使したときから、5年と考えておけば安全でしょう。