国家機密法の再来を許すな

弁護士 鳴尾 節夫

1.発端と動向


 

政府は、昨年10月7日、この通常国会に秘密の保全に関する法制の整備のための法案を提出することを決めた。
 

この秘密保全法案に関しては昨年8月8日に「政府における情報保全に関する検討委員会」からの要請に応じて「秘密保全のための法制の在り方に関する 有識者会議」が「報告書」をまとめたのであって、この意見書を骨子にして秘 密保全法案が作成されることとなったものである。

識者会議のメンバーは、

 縣早稲田大学教授、梗井学習院大学教授、長谷部東京大学教授、藤原中央大学教授、安富慶応大学教授である。この意見書によると、我が国の秘密保全法制は極めて不十分であって、特別立法によって秘密保全法制を整備すべきである
という。従前の法制では、自衛隊法(防衛秘密を漏えいした者は5年以下の懲役刑)、日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法(秘密漏えい者には最大で10年以下の懲役刑が予定されている)、国家公務員法(秘密漏えい者には1年以下の懲役刑)等が存在するが、ここで政府が保有する特に秘匿を要する情報の漏えいを防止することを目的として、秘密保全法制を早急に整備すべきであるというのである。


 

2.これは国や国民の運命を左右する重要な情報から主権者たる国民を遠ざける

 ことを狙ったものである。

 「報告書」は、特別秘密に扱うべき事項として、①国の安全、②外交、③公共の安全及び秩序の維持(つまりは治安ということ)の3点を挙げている。

そして秘匿の必要性の高いものに限定すべきであるとして自衛隊法の防衛秘密の仕組みと同様に、別表等で予め具体的に列挙して高度に秘匿の必要性が認められるようにする、たとえば「我が国の防衛上、外交上又は公共の安全及び秩序
 の維持上特に秘匿することが必要である場合」(自衛隊法96条の2第1項)、とか「その漏えいにより国に重大な利益を害するおそれがある場合」などを要件とするなどとしている。


  因みに自衛隊法では、別表第四として、次のような定め方になっている。

すなわち、

 一 自衛隊の運用又はこれに開する見積もりもしくは計画もしくは研究


 二 防衛に開し収集した電波情報、画像情報その他の重要な情報

 三 前号に掲げる情報整理又はその能力

 四 防衛力の整備に開する見積もりもしくは計画又は研究


 五 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物(船舶を含む。第八号


   及び第九号において同じ。)の種類又は数量

 六 防衛の用に供する通信網の構成又は通信の方法

 七 防衛の用に供する暗号

 ハ 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物又はこれらの物の研究
   開発段階のものの仕様、性能又はその使用方法

 九 武器、弾薬、航空機その他防衛の用に供する物又はこれらの物の研究開
   発段あいのものの制作、検査、修理又は試験の方法


 十 防衛の用に供する施設の設計、性能又は内部の用途(第六号に掲げるも
   のを除く。)

 このように極めて広範且つ抽象的で漠然とした規定になっており、現行法においても、何ら限定的ではないことにあらためて愕然とする。現行自衛隊法でも、故意による漏えい犯は5年以下の懲役、過失犯も処罰、独立犯として共謀、教唆、扇動も3年以下の懲役で処罰するとなっている。自首減軽または免除もある。


3.広範な犯罪類型と重罰化を狙ったものである。


  「報告書」は、処罰する行為類型と罰則については、故意の漏えい行為は10年以下の懲役とするというように厳罰化の方向を指摘しているが、それに加えて過失の漏えい行為も処罰すべきとしている。

さらに未遂のみならず、共謀段階にとどまり実行行為に至らなくても処罰するし、教唆、扇動行為そのものを独立して処罰すべきとする。自首減免を進めているが、そのことはスパイや仲間内の密告を奨励する仕掛けとなっているといって過言ではない。


4.広範な国民のプライバシーを侵害する。


  さらにまた「報告書」は、秘密保全のための人的管理の徹底が重要だとして、秘密を漏洩する一般的リスクの高いものは予め秘密取扱者から除外するだけでなく、日常的に秘密取扱者の日ごろの行いやそのとりまく環境を調査するばかり、取扱者本人だけでなくその配偶者などの身辺にいる者についても本人に準じた調査を実施するなど、プライバシー侵害を常時行うことを人的管理の眼 目としている。

その上、単に公務員のみならず、国から委託を受けた民間業者についても、こうした身辺調査の実施を秘密取扱者に関する人的管理の眼目としているところに、秘密保全制度が持たざるを得ない国民に対する強い人権侵
害性が窺えるのである。


5.国民主権主義と基本的人権を侵害する。

  今更いうまでもないことであるが憲法では国民主権をうたい、言論集会結社の自由を基本的人権として保障、言論表現の自由は最大限確保するのが憲法上の要請である。

そこでは国民の知る権利を実質的に保障するために報道の自由やそれの前提となる取材の自由も基本的人権として確保されなければならないことは当然であろう。


 従って国家は国民に対して基本的に秘密をもってはならず、逆にあらゆる情報は原則として公開されるべしということが憲法上の要請である(因みにこの時点については国家や外交に秘密はつきものであって、必要悪であるとする立場が強力に主張されてきたが、仮に百歩譲って国家機密や外交機密が必要であったとしても、それは仮の一時的なものであって、恒久的なものであってはならないのである。

国民主権のもとでは、いずれはすべての情報は開示公開され、国の運命や国家に取り致命的な結果をもたらすべき重要事項については国民にその情報が閉ざされてはならず、最後は国民の判断にゆだねるべしとするのが憲法上の要請であると私は考える。)。


  しかるに秘密保全法制案は、これらの基本的人権を踏みにじる内容とならざるを得ない仕組みである。

 

 確かに言葉の上では、論点としてその第6で「国民の知る権利等との関係」に一章を設けてはいるものの、取材行為につき行為自体が現行法の犯罪に該当するか、該当しないまでも社会通念上是認できない行為に限って「特定取材罪」として処罰の対象とするものであるから問題はないとする。

 しかしながら一旦秘密法制として国家秘密(それを国家機密といっても同じである)を幅広く認めてしまえば、過失犯や共謀、教唆、扇動などといった犯罪類型が整備されているだけに、これらの疑いを特たれたり、警告されたりするだけで、報道機関のみならず一般国民も震え上がらせて委縮させる効果を発揮するであろうことは間違いない。


  ましてやこれらの犯罪の捜査権力を握る警察や検察権力は、その犯罪の疑いだけで報道機関や関係貴宅の家宅捜索かしたり、参考人として事情聴取したりして、国民や報道機関に対し絶大な権力をふるうことは、我が国の歴史が教えている(軍機保護法、国防保安法、治安維持法など戦前の苦い経験)。


6.秘密は国民の運命を狂わせる、戦争への一里塚である。


  翻って秘密とは何かということであるが、秘密とは個人のレベルでいえば、それが公になれば当該個人にとり極めて不都合な事実がいわゆる秘密なのである。個人のレベルではプライバシーとして保護の対象になっても、こと国家レベルでは全く異なる。何故なら国家レペルの情報はすべて国民主権のもとでは、国民にその情報は開かれていなければならないからである。


 秘密を国家レベルでいえば、国家、それはとりもなおさず、その時の国家権力を握る特定政党なり特定勢力なりであるが、それらにとって国民に知られては不都合な事実が、「国家機密」「国家秘密」となるのは事柄の性格上必然であろう。

なぜなら秘密指定するのが時の政府やその下の行政機関であるからである。


 したがって一旦秘密の存在を認めてしまうと、それが特別なものであろうがなかろうが自己増殖を繰り返し、秘密が秘密を呼び込んで国家と国民の運命を狂わせてしまうことになってしまう。

 

これがあの苦い戦前の経験が教える真実である。


7.議会制民主主義と国会審議を空洞化し、暗黒裁判を再来する。

行政(国家権 力)の独走を許してしまう。立法府や司法府までも秘密から遠ざける「報告書」の危険性、三権分立の破
 壊。 「報告書」では立法府は国会議員には守秘義務が課されていないことから、現行法上の「不備」については立法府自体が検討すべきとの立場に立っている、つまり立法府に対しても何らかの秘密保全を認めるべきとしているのであろう。

 国政調査権を空洞化しようとするのであって、許されない。さらに司法府に対しては、弾劾裁判及び分限裁判の手続きが設けられているが、ことは司法制度全体に影響を及ぼすことゆえ、別途検討すべきとする。

これは裁判という形で秘密に接する者についてもその漏えいを防ぐために何らかの立法上の措置を講ずべきとの立場に暗に立っているのではないかとの疑いずら抱かせるものである。(弁護士も例外ではない)。

その流れがひいては、秘密を取り扱う裁判においては必然的に法廷において秘密が暴露されてしまうために、裁判の公開の原則すら禁じてしまう危険性(暗黒裁判の再来)を孕んでいることに強い懸念を表明せざるを得ない。


8.日米軍事同盟が問題の根源

  2005年10月29日時の自公政権において既に日米間の、アメリカ側ライス国務長官、ラムズフェルド国防長官、日本側町村外務大臣、大野防衛庁(当時)長官出席のいわゆる2十2会談で「日米同盟:未来のための変革と再編」という重要な合意文書を取り交わしていた。そこでは日米同盟は日本の安全とアジア太平洋地域の平和と安定のために不可欠の基礎であることがうたわれ、その 「H、役割・任務・能力、4、二国間の安全保障・防衛協力の態勢を強化するための不可欠の措置」では、「良く連携のとれた協力のため、共通の情勢認識が鍵であり、舞台戦術レベルから国家戦略レペルまで情報共有及び情報協力をあらゆる範回で向上、相互活動を円滑化するための、幅広い情報の共有が促進さ
れるよう、共有された情報を保護するために必要な追加的措置をとる。」とされている。


 今回の秘密保全法制の動きはまさに日米両政府間の合意文書の国内法整備にその本質である。

つまり国家意思として政権交代があろうが日米軍事同盟の深化のために米軍の世界戦略の再編強化に呼応して、その一環として秘密保護法制を強化整備するというものである。

つまりはアメリカの戦争政策に呼応する国内体制の一つが、この秘密保全法案なのである。


 結局秘密保全法案は、アメリカの戦争政策に追随するためにアメリカ=日本の国家機密を国民から遠ざけ、国民の耳と日とロとを塞いで、その戦争準備政策を円滑に遂行しようとするものに旭ならない。


 因みに新防衛計画大綱では、情報収集能力・分析の向上と、各府省間の緊密な情報共有と政府横断的な情報保全体制を強化すると述べており、これは現在の秘密保全法案策謀の動きと完全に一致している。


 極めて危険な動きであり、これを国民的な運動で葬り去らねばならない。

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    2012年06月01日