葛飾ビラ配布弾圧事件

2005/11/10 弁護士 西田 穣

 

1 事案の概要

 本件は、平成16年12月23日、葛飾区に住む一般市民が、午後2時過ぎという日中に、たった一人で、7階建てマンションの共用廊下部分を歩いて各戸玄関の郵便受けに日本共産党発行の「都議会報告」及び同党葛飾区議団発行の「葛飾区議団だより」・「区民アンケート」・「返信用封筒」を配布していたところ、住居侵入罪にあたるとして、逮捕・勾留され、そして起訴されたという事案です。

 

 
 

 

 

その市民は、最上階である7階から各戸に配布しながら、順に階段で降りていったところ、3階で配布している際に、配布物の内容を見咎めた者により配布行為を止めるように求められました。その市民は、自己の行為が正当な政治活動であることを主張しつつも、「もし迷惑であるのであればあなたの居室には配布物を入れません」という配慮ある申し出をしましたが、その住人は携帯電話を用いて警察に架電し、「PC(パトカーの略語と思われます)を呼べ」であるとか「ガラを押さえた」などと警察用語に精通したかのような言葉遣いで警察官の出動を要請しました。
 数分後、2台のパトカーと10名を超える警察官が、現場に来ました。その市民は、とりあえず警察署まで来て欲しいと要請され、自己の行為の正当性を説明しようと、そのままパトカーに乗車して亀有署まで行ったところ、警察署内で突然「あなたはすでに逮捕されている」と告げられ、身柄を拘束されるに至ったものでした。
 

2 本件の位置づけ

 平成16年12月16日に東京地裁八王子支部は、検察が、防衛庁立川宿舎各室玄関ドア新聞受けに「自衛隊のイラク派兵反対!」などと記載したビラを投函する目的で、同敷地に立ち入った人々を住居侵入として起訴していた事案につき、法秩序全体の見地からして、刑事罰に処するに値する程度の違法性があるものとは認められない、と無罪の判決を下しました。本件の逮捕はその判決のちょうど一週間後のことでした。
 今回、この市民の配布したビラは、ピンクビラのような有害ビラではなく、都議会報告・区議団だよりといった住民の生活に密着した情報を記載した公共性のあるビラでした。今でも多数のビラがドアポストに配られておりますが、商業ビラを配布したことにより逮捕・勾留・起訴された事案などは聞いたことはありません。

 そのような中で、本件だけ起訴された理由は何なのでしょうか。答えは、国家体制にそぐわない表現行為の「弾圧」以外に考えられないのです。

3 表現の自由の意義

 ビラの配布行為は、政治的権力、巨大マスメディアなどの後ろ立てがなくとも、自己の意見・信念を低費用かつ効果的に他人に伝達しうるものです。その手段を刑事罰という形で弾圧する行為は、権力財力を有する者だけが自由にものを言うことができ、政治的・社会的弱者には自由にものを言わせない戦前の弾圧社会復古の第一歩といえます。
 検察側は、表現の自由を形式的に尊重するといいつつ、住民の迷惑を前面に押し出し、自らの起訴の正当性を主張しています。しかし、ビラの意見表明は、受け取る者に意見を押し付けるものではなく、その意見に賛同するか、反対の意思を強めるかの判断の自由を依然ビラを受けとる人に委ねているものです。それはまさに、他人の意見を聞き、自己の自由な意思決定をすることができる民主主義社会プロセスに合致するものなのです。

4 訴訟の進行状況

 逮捕から約1年が経過しようとしておりますが、現在まで6回の公判が開かれ、すでに検察官側からの立証が終わりました。この過程で警察官を証人尋問することによって、この市民に対する逮捕行為が存在しなかったことは、ほぼ明らかとなっています。
 今後は、弁護側の立証を通じて、正当なビラ配布行為に刑事罰が科されることがないよう、そして将来の表現の自由を守るために、無罪の獲得を目指します。皆様のご支援をお願い致します。

以 上