介護を考える 【弁護士 後藤 寬】

1 先日,都内で認知症鉄道事故を考えるシンポジウムが開かれたという記事がありました。事故自体は,大きく報道されたので,ご存じの方も多いでしょう。

 

  愛知県で認知症の男性が,自宅を出て徘徊し,駅構内の線路に立ち入り列車にはねられた事故をめぐり,鉄道会社(JR東海)が死亡した男性の妻や子を被告として損害賠償請求をしたというものです。この訴訟では,名古屋地裁が介護度1であった妻や別居中の長男に対してもJR東海の請求を全面的に認める判決を言い渡し,控訴審の名古屋高裁も,長男への請求は棄却したものの,妻には賠償額は減額しながらも,損害賠償義務を認めたため,介護の実態を無視した判決という批判が起こりました。法律関連団体だけではなく認知症学会といった医療従事者団体からも判決を批判する声が上がりました。妻及びJR東海双方が高裁判決を不服として最高裁に上告し,最高裁の判決が待たれる中で,東京都でシンポジュームも開かれたというわけです。

 

 高裁判決が,判決理由の中で責任無能力者(ここでは認知症の男性)の監督責任や夫婦の協力扶助義務を定めた民法の規定を引用したからか,シンポジウムでは「民法出でて介護滅ぶ」といったアピール文も掲げられました。ただ,民法の規定を前提としても,裁判所が親族の賠償義務を否定する判断も可能であったと思われ,民法の規定自体が非難の対象とされるのはいささか民法に気の毒な気もします。

 

 また,裁判所の判断だけではなく,東海道新幹線で大きな収益を上げ,なお莫大な費用をかけてリニア新幹線を建設しようとするJR東海という日本有数の鉄道会社が,本件事故による振替輸送などの費用を損害として,親族に賠償請求することの妥当性も問われるべきでしょう。上記のとおり,JR東海は高裁判決も不服として最高裁に上告していることからも,あくまで親族への請求にこだわっているようです。(国民には裁判所の判断を仰ぐ権利があり,訴訟提起という行為自体を非難するのは慎重であるべきことは承知しているつもりですが,それでもJR東海の対応には疑問を感じます。)

 

 いずれにしても,この事件では多くの方が述べているとおり,介護を親族だけの責任とするのではなく,法整備も含め社会全体で介護する家族を支えていく制度が必要でしょう。

 

2 ところで,介護問題では,このような第三者との紛争だけではなく,親族間での紛争も最近多く見受けられます。法律事務所でも,「老親の介護について長男が母を施設に入れたきり,ほか兄弟と母を会わせようとしない」,といったものや,「親が死亡した後の遺産分割で同居介護した子とほかの子と相続分をなぜ同一なのは不公平ではないか」,あるいは「介護していた子が親の財産を勝手に使っていた」,といった相談事案も増えています。

 

  高齢化社会といわれますが,今後もこのような介護がからむ問題は増加することが予想されます。介護に関し,施設などの第三者との紛争はもとより,家族間でも意見がうまく調整できない場合など,早めに成年後見や遺言といった制度を上手く利用することで紛争を未然に防ぐことが可能になります。気軽に法律事務所にご相談することもぜひ考えてみて下さい。