袴田事件の決定におもう 【事務局 鈴木】

 東京に桜が咲きはじめた3月27日、再審開始決定と刑の執行停止により、袴田巌さんが釈放された。刑の確定以降、死刑の執行におびえつつ暮らしていたであろう、その袴田さんが東京拘置所から歩いて出てきた姿をテレビで見た時には涙が流れた。

 

 48年間、これは私の人生とほぼ同じ長さである。死刑囚として半生を過ごしてきたと思うとやりきれない気持ちでいっぱいとなる。

 

 逮捕以降、弟を信じ無実を訴え続けていたお姉さんのひで子さんは「うれしい。それだけです。」と満面の笑みで応えた。何度か冤罪事件の支援でお会いしお話したことがあるが、いつも厳しい表情で弟の巌さんの無実を訴えていた。姉弟の時間を少しでも取り戻してもらいたい。

 

 決定では「捏造された疑いがある重要な証拠で有罪とされ、極めて長期間死刑の恐怖の下で身柄拘束されてきた」として、「再審を開始する以上、死刑の執行停止は当然」とも指摘をしての釈放となった。

 

 その釈放をマスコミは「異例」として報道している。これまでに4人の死刑囚が、再審開始決定が出され、新たに裁判をやり直した結果、無罪判決が言い渡され、そこではじめて釈放された。いずれも、裁判所が無実の人を誤って死刑囚としていたのにもかかわらず、裁判のやり直しの間、刑の執行を停止する(死刑執行をしない)だけで、拘束し続けていたことが問題なのではないだろうか。

 

 人は誰でも過ちを犯す。裁判官も過ちを犯す。その過ちで、人生の多くの時間と自由を奪われていた人に、少しでも早く普通の生活をおくることを制限することが、国家には許されるのか。

 

 今回の決定を見ておもうこと。それは、毎日毎日10時間以上にも及ぶ密室で自白の強要がなされ、その自白が有罪の根拠とされた。また、これまで、検察側は自分たちに都合のよい証拠しか出してこなかった。弁護団が証拠の開示請求をし、裁判所が検察側に何度も証拠開示を勧告し、やっと出てきたその証拠の一部が再審の扉を開くカギになったのである。冤罪を防ぐためには、捜査機関は取調べ過程を全面可視化し、不利な証拠も含め全て明らかにするべきである。

 

 私が支援している死刑囚の奥西勝さんは名張毒ぶどう酒事件で犯人とされ、現在は八王子医療刑務所の病床にいる。平成17年、袴田さんのようにいったん再審を認める決定が出たが、別の裁判官がそれを取り消し、その後最高裁判所が再審を認めない判断をした。新たに8回目の再審請求を行っている。

 

 最高裁判所が決定を出した直後、奥西さんは調子を崩し、88歳になった今では口からものを食す事ができず、話す事もできない。それでも弁護士や特別面会人に苦しい息の下から、やっていない、無実を晴らしてほしいとの思いを伝え続けている。

 

 冤罪をなくすためには、捜査機関や検察は、組織の立場や面子などという低次元のこだわりは捨て、本来の仕事をなすべきである。また裁判官は権威主義に陥らず、公正な立場で、きちんと記録を読み込み、人ひとりの人生の重さを真摯に受け止め、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則にもとづき、真に正義の判決や決定を出す裁判所でなければならない。

 

 袴田事件で検察は、再審開始に納得できないと不服申立て期限ぎりぎりの3月31日に即時抗告をした。

 

 再審は無実の人を救う制度である。だから、検察は抗告などせず、自らの過ちを検証すべきである。検察の対応は許せない。

 

 来年は袴田巌さんが体調を戻し、お姉さんと共に満面の笑顔で桜を見ることができますように。