弁護士 坂本 隆浩
<本当にくやしい結果>
またまた刑事事件でくやしい思いをしました。『スパ2011年3月15目号』で取り上げられた事件です。
2010年1月23目午前3時過ぎ,南妙町駅前の居酒屋で仲間4人と飲んでいたAさんは,飲みすぎた彼女を外に連れ出したところ,たまたま通りかかったグループにからかわれて甲さんとケンカになりました。ケガをした彼女を先に居酒屋に戻してからAさんも居酒屋に戻りました。血を流している彼女を見たAさんの友人Bさんが仕返しのために居酒屋を出ました。
Bさんは目に付いたカップルの男Xをケンカ相手と間違えて殴ってしまいました。
Bさんはすぐに間違いに気づき,本来のケンカ相手の甲さんとケンカを始めました。
Aさんは彼女を居酒屋の元の席に座らせた後,ワインの瓶を持って外に出ました。
外に出ると携帯で電話している男Xと会いました。知らない男に殴られたと言うXから警察に連絡されると困るAさんは,これからケンカするので警察には連絡しないでくださいと述べてその場を離れ,甲さんとケンカしているBさんに加勢しました。その結果,甲さんはかなりのケガをしました。
ここまで読むと,甲さんにケガを負わしたAさんが有罪判決を受けても仕方のないと不思議に思われるでしょう。被害者XとしてAさんは裁判にかけられたのです。
<どうしてそんな話になるの?>
「Xは,二人で歩いていると後ろから突恭順と腰の辺りに衝撃を受けてうつ伏せに倒れた。殴ったうちの一人は顔をサッカーボールのように蹴りだした。もう一人は腰や足を踏みつけた。一緒にいた女性YがXの上に覆いかぶさってかばってくれたが,サッカーボールのように蹴っていた男はYをつかんで引き離してさらにXに暴行を加えた。」
これがAさんが起訴された内容です。
サッカーボールのように蹴ったのがBさん,腰や足を踏みつけたのがAさんという訳です。
BさんはXを殴ったことを認めていますが,一人で殴
ったとしています。Xか,Aさんのどちらが嘘をついているかです。
<1審判決>
1審では,被害者とされるX,その彼女Y,甲さんのグループの女性乙さん,Aさん,Bさん,Aさんの彼女などが証言しました。
1審判決は,X,その彼女の証言は「いずれも具体的かつ詳細で,弁護人の反対尋問にもまったく揺らいでいない上,相互に符合し,信用性を高めあう関係にある」として,懲役1年の実刑判決を言い渡しました。
この言い回しだけでなく,
被害者らの証言の問題は大目に見るが,被告人らの証言は重箱の隅をつつくようにあらを探して信用性を否定するという,冤罪を生み出した判決の典型のようなものです。
乙さんの証言は一顧だにしていません。
Aさんはすぐに控訴し,控訴審の2回目の審理の直前に弁護人が辞任することになったために,Xさんのお母さんが国民枚後会に相談した結果,当事務所に相談に来られました。
<相談されて>
控訴審の2回目からの受任という,ただでさえ難しい控訴審でもさらに困難が予想されるものでした。
しかし,無実の人をほうっておくことはできない,無罪を求めること自体が天変なのである,地域で起きた事件を受けないわけにはいかない。私と後藤弁護士,高木弁護士の3人で取り組むことになりました。「デッチ上げを許さない会」も作られました。
控訴審に向けて,被害者X,甲さんグループの女性乙さん,コンビニ店員のかけた110番通報のそれぞれの時刻が秒単位で明らかになったため,それを証拠として申請して採用されました。それ以外にも,Bさんの刑事事件でのXやYの証言調書,現場検証等が証拠申請されていましたが,それらは却下されました。
刑事の控訴審は事後審といって,1審での証拠をもとに1審での判断に誤りがないかどうかを審査する役割となっていますので,控訴審で新たな証拠を出すのは制限されているのです。
ただ,110番通報した時間が秒単位でわかったことから,Aさんが暴行することが可能な時間を割り出すことができました。つまり,BさんはXに暴行を加える前の午前3時5分49秒から2秒間携帯料金がかかっていました。
Bさんが走りながら携帯をかけることは考えられませんので,居酒屋の椅子に座っているときにかけたと思われます。Bさんの座っていた椅子から店内からXが暴行されたとされる場所まで小走りで走ったとしても,その距離からすると,Xに暴行を加えるのは午前3時6分20秒頃と考えられました(距離との関係から計算しました)。
Aさんは,Bさんが外に出てから彼女を元の席に座らせた後にワインの瓶を持って外に出ました。
これも距離から計算すると,Xに暴行したとされる場所まで行くのは早くても午前3時6分50秒。Xが最初の110番通報したのが午前3時7分10秒。XはAさん,Bさんがいなくなってから倒れたまま服の中から携帯を取り出して110番したというのですから,服から携帯を取り出して110番通報した場合10秒くらいはかかると判断すると,Aさんは10秒ほどしかXに暴行を加えていないことになります。
倒れたXの顔を蹴り,足腰を踏みつけ,「人違いです」と叫んでも止めないためYがXの上に覆いかぶさり,Bさんが,それを引き離してさらに暴行を加え,その後Bさんが離れる。
これだけのことをするのに10秒では不可能です。
<時間以外にも>
おかしいのは時間だけではありません。
甲さんグループの乙さんは,甲さんとBさんがケンカを始めると,午前3時7分27秒に110番通報しました。
その後にAさんが加勢に加わりました。Xへの暴行を先にやめたのはBさんのはずです。
ところが,XはAさんが先にやめたというのです。そして,Aさんはどこかにいなくなってしまったというのです。
甲さんに仕返ししようとしたAさんはどこに行ってしまったのでしょうか。
Aさんはうつ伏せに倒れたXの左から踏みつけたとされています。Xがケガしたとすれば左側になるはずです。
ところが,Xのケガは右足です。
そのほかにもおかしなところが沢山ありました。
<控訴審判決>
こんなおかしな話なのだから控訴審判決では無罪となるはずです。 しかし有罪となりました。
「Xの証言は,まずもって,具体的かつ詳細で,自ら体験した事実を記憶のままに語っていることを優にうかがわせる迫真性のある内容である」というのですから,役者であれば誰でも加害者に仕立てることができます。
Aさんが先に離れたけれど,Bさんが先に甲さんとケンカを始めたことについては,Aさんはどこかに行っていてその間にBさんが甲さんとケンカを始めても不自然とはいえないそうです。
甲さんの顔を知っているAさんは,先に甲さんを見つけられず,顔を知らないBさんが先にケンカを始めてしまった。
どうしてそんなことになるのでしょうか。疑問に思わないのでしょうか。
右足のケガは,Xが左足を踏みつけられたと証言してないし,比較的厚みのあるズボンをはいていたから左足をケガしたとは限らないというのです。 うつ伏せになっている人の左側から踏みつければ普通は左側を踏みつけられたと考えるで
しょう?厚みのあるズボンをはいていたので左足をケガしなかったなら右足もケガしないでしょう?
Xは,いったん警察署に行って被害届を出し,その後現場に戻り現場検証をし,それから自分で救急車を呼んで病院に行っています。ところが,控訴審判決は,暴行を受けてまもなくやってきた救急車で病院に搬送されたと認定しました。
ろくに記録を読んでいないことが露呈されました。
上告しましたが,三行半決定で上告棄却となりました。
<裁判が終わって>
記録も十分に検討せず,有罪のためにだけ記録を読むという刑事裁判官の姿勢が現れた事件です。
無罪推定なんてどこかにすっ飛び,有罪のためのあら捜しをする。
冤罪を生む典型的な判決と思います。
Xはどうして嘘をつくのかと疑問になるでしょうが,XはAさんに「弁護士を通して全部話をうまくまとめてやる」と言い,乙さんには「法律関係の仕事をしているから,もし何かあったら力になるよ」と述べています。
1審段階の弁護人には,示談金として400万円の提示がありました。
1ヶ月のケガとしても,べらぼうに高いものです。
裁判官には「何かある」と気づいてほしい部分です。
Aさんは,昨年12月4目に満期釈放となりました。デッチ上げを許さない会では,Aさんの釈放を受けて
「釈放・ご苦労さん!報告の集い」を開きました。
Aさんやお母さんは,これまではテレビを見ていても芸能人やワイドショーネタばかりの話だった,事件がおきてから社会で起きている事件に目が行きその話しになると述べられていました。
今後もAさんやお母さんとは会うこともありそうです。
無罪になるべき事件を無罪にできなかったくやしさはありますが,事件を通じて関係者が変わっていくこと,
その手助けをすることも弁護士が事件を通じて果すべき仕事なんだとあらためて教えられた事件でした。