葛飾ビラ事件で最高裁が不当判決

2010/03/11 弁護士  後 藤   寬
 
葛飾ビラ事件1(政治ビラへの狙い撃ち)
 
葛飾ビラ事件で、最高裁は2009年11月30日荒川さんの上告を棄却し、有罪とした東京高裁の不当判決が確定することになりました。
 葛飾ビラ事件は、僧侶である荒川庸生さんが日本共産党の都議会ニュースや区議団の区民アンケートをオートロックのない民間マンションのドアポストに投函するためマンション内に立ち入った行為が住居侵入罪に問われたものです。
 

 

周知のとおり、ポストに宅配ピザ等の様々なビラ・チラシが配布されています。荒川さんが逮捕勾留され、起訴されたのも、配布していたのが日本共産党のビラであったことが理由であり、この事件が言論弾圧事件として強い批判を受けたのは当然でことです

2(憲法改悪の流れと連動)

 荒川さんの事件は、2004年12月に起こりましたが、同種の事件が前後して続いて起こっています。同じ年2月に立川テント村事件、3月に国公法堀越事件、翌年の2005年9月には国公法世田谷事件と、ビラを配ることに対する弾圧事件が相次ぎました。こうした動きは、偶然のものとは思えず、イラク戦争や自衛隊のイラク派遣など、憲法を無視した政府の動向・改憲への動きと無関係とはいえず、むしろ改憲に反対する運動の盛り上がりを阻止しようとしたものとみることができます。

 

3(弁論も開かず結論を出すことの不当性)

 

 今回の判決ですが、まず手続上の問題が指摘できます。
 本件は、重要な憲法上の権利に関わる事件であるとして、大法廷に回付し弁論を開き双方の意見をきちんと聞くことが必要です。裁判所も国民の声を裁判に反映させるべきであると宣伝しています。そうであるならば、まず、この事件は、15人全裁判官が関与する大法廷に回付し、きちんと弁論を開き、双方の主張を法廷で聞いてほしい、というもは当然の要求です。しかし、最高裁は大法廷へ回付することなく、一度も弁論を開かないまま判決を言い渡しました。

 

4(憲法・刑法上の解釈を示さないことの不当性)

 

 もちろん、判決の中身も問題です。
 本件が憲法上の表現の自由が問題となることはもちろん、刑法上の問題としても、住所侵入罪の成立には「正当な理由」とは何を言うのか、侵入とはどの様な場合をもっと侵入というのかなど、非常に重要な問題がありました。とりわけ、本件は、民間マンションの共用部分にビラを配る目的で立ち入るという行為が商業ビラが多数配られている現実の中で、政党ビラ配布目的の立入が刑事罰を科されるのかという最高裁でも初めて判断が下されるという事件です。また、マンションへの立入を禁止するという意思決定が、管理組合のどのような手続きをとれば許されるのか、またはどのような手続きをとっても許されないことなのか、最高裁として、重要な判断を求められていたはずでした。
 しかし、判決は、ポスティングをめぐる様々な事実を総合的に衡量し、住居侵入罪の「正当な理由」や「侵入」とは何かということにつき慎重に検討した形跡はありません。また、表現の自由についてもたとえ表現の自由の行使であってもそこに管理組合の意思に反して立ち入ることは管理権を侵害するというだけ、何の説明もなく管理権や私生活の平穏を言論表現の自由より優越するものであるかのようにその制限を認め、憲法上の人権を無視したものといえます。

 

5(今後の闘い)

 

 ビラ配布の自由を守る立場からこの不当判決にどう立ち向かうかということが今後の重要な課題です。
 日本は自由権規約は批准していますが、選択議定書は批准しておらず個人通報制度は実現していません。これは国内での裁判で手段を尽くしても権利が救済されない場合個人が委員会に直接そのことを通報し、委員会は、審査しその結果によって国に改善を求めるものです。
 千葉法務大臣は前向きな姿勢を示しているとも聞いていますので、是非とも批准を働きかけ、個人通報制度を活用して荒川さんの権利侵害を通報したいと考えています。
 また、この判決によるビラ配りへの萎縮効果を最小限に抑えるということも重要です。
 この判決が荒川さんの有罪を宣告したことじたい容認できませんが、こうした判決がビラを配っている現場で干渉への根拠になることが懸念されます。
 判決は荒川さんがマンションの7階から3階まで各階廊下と外階段を通ったことを示したうえで、法益侵害の程度が極めて軽微であったということはできない、といっています。立入禁止の掲示があっても、集合ポストにとどまっているのであれば、住居侵入が成立しないというように読める余地があり、少なくとも集合ポストに投函するための立入が直ちに住居侵入となるということは断言していません。
 最高裁判決は、いったん出されると一人歩きしがちです。現場でこの判決が集合ポストであっても立入禁止の掲示があるところでは、マンションに一歩でも立ち入れば住居侵入罪となるといった運用がなされないことが大事です。
 この事件は、事務所全体で取り組んだ事件であり、第1審と第2審、そして最高裁への上告趣旨書提出まで中村欧介弁護士が主任弁護人として務めました。中村弁護士は最高裁での無罪判決を勝ち取るべく闘っていたなかで亡くなり、中村弁護士の墓前に無罪判決を報告できないのは残念です。ビラ配りは誰でもできる表現手段であり、奪うことにできない権利です。弁護団は、今後とも、ビラを配る自由を守る運動に取り組みます。